ブロックカッターの歴史
ブロック舗装の原点
ご存知だったでしょうか、それは石畳文化であったヨーロッパから始まります。
ブロック舗装の原点はローマ道(古代ローマの国道)にあると言えます。ローマ道はローマ帝国が迅速な軍事移動の目的で
帝国全域に敷設した主要都市を結ぶように張り巡らした国道網のことで、紀元117年頃には、主要道路本数372本、
幹線道路は約8万5000キロメートル、全ての道路の総延長は29万キロメートルだったと言われています。
これらの道路は首都ローマから放射状に建設され、帝国の隅々まで人間・物資および情報を伝達しました。
そのローマ道の舗装構造はその後、長い年月を経てヨーロッパ全土の石畳舗装に受け継がれました。
舗装材は自然石、レンガ、コンクリートブロック、インターロッキングブロックと変化し現代に至りますが、
その舗装構造の根本はローマ道と全く同じです。
近代のブロック舗装
コンクリートブロック製造機械が世界大戦前ドイツで最初に開発されましたが、
近代ブロック舗装の技術自体は、戦後、1940年代、世界に先駆けて急速に普及したのはオランダです。
石畳文化自体は他のヨーロッパ諸国同様ですが、オランダは海面下に位置し、地面は絶えず移動し、沈むため、
常に道路に問題を抱えていました。戦後の建設ラッシュの舗装材不足の中、単なるコンクリートでは
柔軟性がなく、ひずみやひび割れがあるため、適切な選択肢ではありませんでした。
したがって、オランダではコンクリートブロックを使った近代の舗装技術を発展させることになります、
これは、地面の移動や動きの影響を受けない柔軟な道路と耐久性のある道路を備えていました。
その時代に弊社のブロックカッターは生まれ、近代ブロック舗装技術の重要な役を担うことになりました。
日本のブロックカッター
元来石畳文化ではなかった日本でのブロックカッターの歴史は石材、コンクリート製品の
工具として発展してきました。
一般土木工事や自然石材加工「墓石」「石碑」「美術工芸品」の分野では主に工業用ダイヤモンドが使用されてきましたが、
1970年代後半、歩道をはじめ公共の広場等、特に景観志向の流れの中、人が遊歩できる場所にアスファルトではなく
自然石材やコンクリート2次製品の平板、インターロッキングブロックやレンガが使われるようになってから
ブロックカッターの歴史は始まりました。
ダイヤモンドホイールを使用して舗装用ブロックをカットする工法がまだ主流だったころ、
ギロチン式と呼ばれるブロックカッターが登場しました。それは画期的ではありましたが、
手動の油圧式のものがメインで、ブロックを切断スペースにセットしてから、ハンドルを
数回上下に操作して切断刃を加圧して切断する、というもので、作業効率が悪く、
重量も60KG以上あるものもあり、取り扱いや持ち運びの意味でも効率が悪いものでした
日本に上陸
1990年からエキセン機構のテコ原理を採用した弊社のブロックカッターが日本に本格的に輸入され、
劇的に全国のブロック舗装の作業効率を改善してきました。
エキセン(Excentric)とは「芯ズレ」。回転する軸に軸と中心をずらして円形のディスクに駆動を伝えるメカニズムの事で、
要は大きい回転量の小さな力を、小さい直線運動量の大きな力への変換が可能になります。
それまでの手動油圧式の数回繰り返すハンドル上下操作での切断刃への加圧を、軽いハンドル操作で
このエキセン機構によって一気にブロックへ伝えて切断できる事になります。例えば10kgのハンドルへの加重で理論値で1トンの力が切断刃に伝わります。
更に機構としてのスペースは手のひら程しか必要がなくなりますので機械重量は必然的に軽くなります。
インターロッキング舗装の標準機種
現在、インターロッキング舗装の標準機種となった弊社のAL-33は、 開発から35年を経て、重量41kgとカッティング時の本体の安定性の限界まで軽量化し、 小型の舗装ブロックに最も適したブロックカッターに進化してきました。 結果、数々の日本国内、国外を問わず模造品の追随が絶えずにいますが、 依然としてインターロッキング舗装のプロが弊社のブロックカッターを選択する理由はオリジナルだけが持つ高品質、高性能、 耐久性、安定性を評価していただいているからだと私たちは自負しております。